2011年1月18日火曜日

芥川賞・直木賞は2作品ずつ

 日本文学振興会は17日、「第144回芥川賞・直木賞(平成22年度下半期)」の選考会を都内で開き、芥川賞に朝吹真理子さん(26)の『きことわ』と西村賢太さん(43)の『苦役列車』、直木賞に木内昇さん(43)の『漂砂のうたう』と道尾秀介さんの『月と蟹』を選出した。両賞が共に2作同時受賞するのは、芥川賞(金原ひとみ「蛇にピアス」、綿矢りさ「蹴りたい背中」)、直木賞(江國香織『号泣する準備はできていた』、京極夏彦『後巷説百物語』)で話題を呼んだ第130回(2004年1月15日発表)以来7年ぶり。
 朝吹さんは2010年に『流跡』で第20回Bunkamuraドゥ マゴ文学賞を最年少となる25歳で受賞。詩人・朝吹亮二氏の娘で、現在は慶大前期博士課程に在籍。西村さんは2003年7月より同人雑誌「煉瓦」に参加して小説を書き始め、芥川賞は第134回、138回に続き3度目のノミネートでの受賞となった。
 木内さんは中央大文学部哲学科心理学専攻卒業。出版社勤務、フリー編集者を経て2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー、2009年に第2回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞した。道尾さんは2004年にデビュー作の『背の眼』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。直木賞は『カラスの親指』(第140回)、『鬼の跫音』(第141回)、『球体の蛇』(第142回)、『光媒の花』(第143回)で5回連続候補にあがっていた。
 芥川賞の選考委員は池澤夏樹氏、石原慎太郎氏、小川洋子氏、川上弘美氏、黒井千次氏、高樹のぶ子氏、宮本輝氏、村上龍氏、山田詠美氏のほか、今回から新たに島田雅彦氏が参加し全10名に。直木賞選考委員は浅田次郎氏、阿刀田高氏、北方謙三氏、林真理子氏、宮城谷昌光氏、宮部みゆき氏、渡辺淳一氏のほか、今回から伊集院静氏、桐野夏生氏が加わり、全9名で務めた。
 芥川賞・直木賞は昭和10年(1935年)に制定。芥川賞は新聞・雑誌に発表された純文学短編作品、直木賞は新聞・雑誌、単行本で発表された短編および長編の大衆文芸作品を対象に優秀作を選定する。「第143回芥川賞・直木賞(平成22年度上半期)」では、芥川賞を赤染晶子さんの『乙女の密告』、直木賞を中島京子さんの『小さいおうち』が受賞している。

☆☆☆小学生☆☆☆
中学受験

【国語】
『漢字』語句漢字
【理科】『水溶液の性質』
【社会】『憲法』
きのうの続きの理科がすすまなかったねぇ 
残り日数も少なくなってきたし追い込んでいこう!

☆☆☆中学生補習☆☆☆
神奈川中1

【社会】『室町安土』
【英語】『数詞曜日』
歴史の方は大分頭に入っているはずなので、英語がんばってね!
今日は三回ほど練習したけどまだまだ足りない!必ず音と合わせて練習だ!

  
中原中1
【社会】『室町安土』『ノート作成』
【英語】『数詞曜日』
【理科】『ノート作成』
中原はノート提出がおおいですね、その分アピール出来る回数が増えたと
ポジティブに考えてノート提出を乗り切ろう

日吉中1
欠席
 
中原中3RK
【数学】『学校課題』
【テスト】『理科』『社会』
理科29、社会33で過去最高でした。地道な暗記が実を結びつつあるのかな?数学の課題で気がついたことはまずは変域の問題にグラフを書かないで答えていたこと
また、直線の式の出し方を忘れていたことの二点です
しっかり解説しましたので覚えてね
  
玉川中3AK
【理科】『300題テスト練習』『電流』『日曜テストなおし』
【社会】『テスト練習』『日曜テストなおし』
電流は確かにめんどくさいですが、基本事項と少しの計算を覚えるだけでも
得点できる範囲が増えます、がんばろう!
 
玉川中3SK
【理科】『300題テスト練習』『レンズ』『日曜テストなおし』
【社会】『テスト練習』『日曜テストなおし』
レンズの問題で屈折と反射の区別がついていなかったのがきつかった
一年生の範囲ですが結構ややこしいよね、必ず図をつけて覚えてね


☆☆☆高校生☆☆☆
私大二次試験対策
【生物】『東京工科大学2010過去問』
遺伝範囲が多く出題されていますね
傾向はつかめてきたようなので後は高難易度の問題にどう対応するかですな

 
◆◇◆毎日が記念日◆◇◆
都バスの日
 東京都交通局が制定。1924(大正13)年のこの日、東京市営乗合バスが東京駅への2系統で営業を開始した。


振袖火事の日
 1657(明暦3)年のこの日、江戸城天守閣と市街のほとんどを焼失し、死者が10万人にもおよんだ明暦の大火が起きた。
 この大火は「振袖火事」とも呼ばれる。これは次のような話による。
上野の神商大増屋十右衛門の娘おきくは、花見の時に美しい寺小姓を見初め、小姓が着ていた着物の色模様に似せた振袖をこしらえてもらい、毎日寺小姓を想い続けた。そして、恋の病に臥せったまま明暦元年1月16日、16歳で亡くなってしまった。
 寺では法事が済むと、しきたり通り振袖を古着屋へ売り払った。その振袖は本郷元町の麹屋吉兵衛の娘お花の手に渡ったが、それ以来お花は病気になり、明暦2年の同じ日に死亡した。振袖は再び古着屋の手を経て、麻布の質屋伊勢屋五兵衛の娘おたつのもとに渡ったが、おたつも同じように、明暦3年の1月16日に亡くなった。
 おたつの葬儀に、十右衛門夫婦と吉兵衛夫婦もたまたま来ており、三家は相談して、因縁の振り袖を本妙寺で供養してもらうことにした。しかし、和尚が読経しながら振袖を火の中に投げ込んだ瞬間、突如吹いたつむじ風によって振袖が舞い上がって本堂に飛び込み、それが燃え広がって江戸中が大火となった。